『科学と近代世界』

『科学と近代世界』―隠された編纂史

中期ホワイトヘッドの主題が自然科学の哲学であったのに対して、後期ホワイトヘッドの主題は、形而上学あるいは宇宙論だといえます。『科学と近代世界』は、そうした後期ホワイトヘッドの最初の著作です。しかし、『科学と近代世界』は、異なる時期に書かれた諸章によって構成されており、ホワイトヘッド自身の立場にも本質的な変化が認められます。中期自然哲学から『科学と近代世界』への変遷は、≪本当の構成≫にしたがって辿らなければなりません。

『科学と近代世界』の≪本当の構成≫
ホワイトヘッドの国際的な研究雑誌Process Studiesの編集長を長らく務めてきたフォードは、詳細な編纂史分析によって『科学と近代世界』にはいくつかの層があることを明らかにしました。その分析によれば 、この著作は、

(i)ローウェル講義(1924年2月)をもとにして書かれた諸章
  (第1章、第3章~第9章、第13章)
(ii)ローウェル講義以外の講演・講義をもとにした2つの章
  (第2章と第12章)
(iii)1925年6月の刊行時に加筆された箇所
  (第2章の一部、第6章の一部、第7章の一部、第8章の一部)
(iv)刊行時に新たに追加された2つの章
  (第10章「抽象」、第11章「神」の章)

という4つの箇所から構成されています。

特に1924年10月から1925年5月にかけて行われていたハーヴァード講義には、ホワイトヘッドの思索に本質的な進展があったとフォードは分析しています。つまり、(ii)と(iii)の間に不連続な転換があり、中期哲学と矛盾する特徴である「時間的原子性」をハーヴァード講義期間中に発見したことが、その転換の理由であったとフォードは主張しているのです。フォードは自らの分析が不確かで推測的にならざるをえないことを認めた上で、ハーヴァード講義に出席していたW. E. ホッキングがとったノートや「相対性」の章に加筆された箇所を論拠に時間的原子性の発見を跡づけ、『科学と近代世界』内の不連続性を強調しています。
こうした編纂史分析は、今日でもなお、ホワイトヘッド研究に多大な影響を与えています。というのも、ホワイトヘッド研究の素人は、『科学と近代世界』そのものが、後期ホワイトヘッド哲学の始まりだと考えてしまいます。しかし、フォードのこの解釈にしたがえば、(iii)(iv)の箇所こそが、中期哲学とは決定的に区別されるホワイトヘッド独自の後期哲学の≪本当の始まり≫であることになるからです。
このことは、中期自然哲学と後期形而上学の変遷を接続することにもなります。フォードの研究以前には、ホワイトヘッドの中期自然哲学と後期形而上学には、不連続な断絶と飛躍があると考えられていました。しかし、フォードの研究は、中期自然哲学と(i)(ii)の部分には連続性を取り戻したのです。
実際、伝記などの史資料は、中期と後期の連続性を示唆しています。ホワイトヘッドの講義を受けていたローは、1924年にハーヴァードへ移住する前にホワイトヘッドが後期哲学の基本的な考えを既にもっていたと聞いたと報告しています。また、ハーヴァードへ移住する前にホワイトヘッドが友人に送った手紙には、ハーヴァードでのポストは自らの考えを体系的なかたちで展開するのに好機となるだろうとも書かれています 。事実、『自然認識の諸原理』第2版(1924年8月)の序文では、「私は近い将来、これらの著作[『自然認識の諸原理』『自然という概念』、『相対性原理』]の見地を、より完全な形而上学的研究のうちに包括させたいと願っている」と記されており、既に形而上学的研究が予告されていたのです。
しかし、フォードの研究により、中期自然哲学と『科学と近代世界』の(i)(ii)の箇所の連続性が確保されたとはいえ、『科学と近代世界』内部の変遷が、ホワイトヘッド研究にとって重要な問題となりました。『科学と近代世界』の形而上学・宇宙論を読み解くにあたっては、『科学と近代世界』の≪本当の構成≫に注意しながら、ホワイトヘッドの哲学的変遷を辿る必要があります。

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