◆ブラッドリー Francis Herbert Bradley, 1846-1924
[伝記]
フランシス・ハーバート・ブラッドリー(ブラドリー)は、イギリス理想主義の哲学者。1865年、オクスフォード大学のUniversity Collegeに入学。彼の著作は哲学や社会に多大な影響を与えた。『倫理学研究(Ethical Studies)』(1876年)では、功利主義の問題点を明らかにしようとした。『論理学の諸原理(The Principles of Logic)』(1883年)では、経験主義者の心理学を批判した。そして彼の主著『現象と実在(Appearance and Reality)』(1893年)では、一元論的で観念論的な絶対者を究極の実在とする形而上学を展開した。また、晩年の形而上学的著作『真理と実在(Essays on Truth and Reality)』(1914年)は、MindやPhilosophical Reviewの諸論文や、未発表の諸論文(これらの多くは出版前の5~6年で書かれた)をあわせて出版され、『現象と実在』の姉妹本の役割ももつ。彼は、様々な賞を受賞した。
[概要]
・19世紀後半から20世紀初頭にかけての英米では、カントやヘーゲルの影響が大陸から一足遅れて波及し、「絶対的観念論」とか「イギリス理想主義」と呼ばれる思想潮流が支配的な影響力を誇っていた。前期にはT. H. グリーン(1836-1882)やE. ケアード(1835-1908)が、後期にはB. ボザンケ(1848-1923)やF. H. ブラドリー、J. ロイス(1855-1916)が中心的人物として活躍している。人物や時期によって違いはあるにせよ、彼らの主な特徴は、カントやヘーゲルらのドイツ哲学を取り入れながら、イギリスの伝統的経験論や功利主義を批判的に乗り越え、一元論的・全体論的な哲学を展開する点にあった。(吉田、2014年)
・その中でも、19世紀末から英語圏の絶対的観念論を代表していたのがブラドリーである。彼は、『倫理学研究』(1876年)や『論理学の原理』(1883年)を刊行したのち、『現象と実在』(1893年)で、一なる全体としての「絶対者(the Absolute)」を実在とする形而上学を展開する。ここで絶対者とは、矛盾や不整合を排除する性格をもつ、分割不可能な(individual)単一のシステムであり、世界内で生じる現象的事実は、この絶対者の部分に過ぎないと考えられる。多様な現象は実在に帰属し、絶対者の統一性のもとでこそ整合的かつ調和的に存在するのであり、ブラドリーは、実在は整合的であると説く。矛盾や不整合を非実在的とし、矛盾からの止揚という弁証法を拒否する点では、ブラドリーはヘーゲル主義者とはいいがたいが、ともあれ、その形而上学は、絶対者を頂点とする一元論的・全体論的な特徴をもち、絶対的観念論の集大成として担ぎ上げられていた。
・ブラドリー自身、自分がヘーゲル主義者であることを否定するが、ヘーゲルからの影響があることは自認している(AR xi)。実際、『論理学の原理』では、矛盾やその止揚に真理や実在を見出すことを否定する一面がある一方で、『倫理学研究』では、個々人が家族や社会、国家の一員であり、有機的全体の中でこそ自己実現し、義務を果たすという思想を展開している。ヘーゲル主義者と呼ぶかはさておき、ブラドリーの思想が、ヘーゲル主義的な思潮を代表していたのは事実であり、19世末から20世紀初頭における英米思想に決定的な影響を与えていた。古典研究の大家A. E. テイラーは、『現象と実在』の出版以後、英語圏の国々で「アングロ-ヘーゲリアニズム」は主にブラドリーの見解を意味したとも述べている(L. B. McHenry, Whitehead and Bradley: A Comparative Analysis, SUNY Press, 1992, p.11.)。
・こうした形而上学思潮は、今日の英米哲学の通説に反して、20世紀初頭にもなお勢いが衰えていなかった。グリーンが若くして1882年に亡くなった後、ケアードが1908年、ロイスが1916年、ボザンケが1923年、ブラドリーが1924年に亡くなり、また、1920年代半ばから論理実証主義運動が盛んになる中で、この思潮は次第に哲学史の中で忘れ去られていったが、この思潮を継承するものとして、W. ジェイムズやS. アレグザンダー、A. N. ホワイトヘッドといった哲学者たちが、ブラドリーらの形而上学から(批判するというかたちを含めて)影響を受けながら、実在論的な形而上学を展開していった。この思潮は、その後、アメリカを中心に、Ch .ハーツホーンやJ. カブ、D. グリフィンらにより、「プロセス神学」に発展的に展開された。
[主要著作]
● 1874 「批判的歴史の諸前提」
● 1876 『倫理学研究』 Ethical Studies
● 1883 『論理学の原理』 The Principles of Logic
● 1893 『現象と実在』 Appearance and Reality: A Metaphysical Essay
● 1914 『真理と実在』 Essays on Truth and Reality
● Collected Works of F. H. Bradley, 12 vols. (Thoemmes Press), 1999.
○ 1. 1865-1882: A Pluralistic Approach to Phillosophy, Thoemmes Press, 1999.
○ 2. 1883-1902: A Focus on Metaphysics and Psychology, Thoemmes Press, 1999.
○ 3. 1903-1924: Refinement and Revision, Thoemmes Press, 1999.
○ 4. Selected Correspondence, June 1872-December 1904, Thoemmes Press, 1999.
○ 5. Selected Correspondence, January 1905-June 1924, Thoemmes Press, 1999.
○ 6. ‘F. H. Bradley: Towards a Portrait’ (1961), Ethical Studies (1927), Thoemmes Press, 1999.
○ 7. The Principles of Logic, vol. 1 (1928), Thoemmes Press, 1999.
○ 8. The Principles of Logic, vol. 2 (1928), Thoemmes Press, 1999.
○ 9. Appearance and Reality (1930), Thoemmes Press, 1999.
○ 10. Essays on Truth and Reality (1914), Thoemmes Press, 1999.
○ 11. Collected Essays, vol. 1 (1935), Thoemmes Press, 1999.
○ 12. Collected Essays, vol. 2 (1935), Aphorisms (1930), ‘A Note on Christian Morality’ (1983), ‘A Personal Explanation’ (1894), ‘Rational Hedonism’ (1895), Thoemmes Press, 1999.
AR: Appearance and Reality, Collected Works of F. H. Bradley, Vol. 9, Thoemmes Press, 1999.
ETR: Essays on Truth and Reality, Collected Works of F. H. Bradley, Vol. 10, Thoemmes Press, 1999.
Ethical Studies, 1876, 2nd. ed. 1927, reprinted 1953.
Essays on Truth and Reality, 1962, Oxford University Press
[年表]
● 1846 誕生
● 1865 オクスフォード大学のUniversity Collegeに入学
● 1874 最初の論文「批判的歴史の諸前提」を発表
● 1876 『倫理学研究(Ethical Studies)』を刊行
● 1883 『論理学の諸原理(The Principles of Logic)』を刊行
● 1893 主著『現象と実在(Appearance and Reality)』を刊行
● 1914 『真理と実在(Essays on Truth and Reality)』を刊行。刊行の5~6年前に書かれたMindやPhilosophical Reviewの諸論文、未発表の諸論文をあわせて出版された。
● 1924 逝去
[関連文献]
● L. B. McHenry, Whitehead and Bradley: A Comparative Analysis, SUNY Press, 1992.
● G. J. Warnock, English Philosophy Since 1900, Oxford University Press, 1969.
● 吉田幸司 「ホワイトヘッド形而上学の意義―F.H.ブラドリーおよびW.ジェイムズと比較して―」『理想―特集:ホワイトヘッド』No.693、理想社、2014年。
(以下、未整理)
● 中川大 「記述の理論は何を変えなかったのか―ブラッドリーのラッセル批判を手がかりに―」
● Candlish[2007], Candlish S.., The Russell/Bradley Dispute and its Significance for Twentieth-Century Philosophy, 2007, Palgrave Macmillan.
● Irvine[1999], Irvine, A. (ed.), Bertrand Russell: Critical Assessments, vol. III, 1999, Routledge.
● Levine[1998], Levine, J., “The What and the That: Theories of Singular Thought in Bradley, Russell, and the Early Wittgenstein”, pp. 19-72 in Stock [1998].
● Stock [1998], Stock, G. (ed.), Appearance versus Reality: New Essays on the Philosophy of F. H. Bradley, 1998, Oxford University Press.
● 行安 茂 「第6章 グリーンとイギリス理想主義者」
● W. H. Walsh, ‘F. H. Bradley,’ A Critical History of Western Philosophy, ed. Daniel John O’connor, New York: Free Press, 1964.
[ウェブサイト]
● 『現象と実在』オンラインテキスト
https://archive.org/details/appearanceandrea00braduoft
● The Center for Process Studies
http://www.ctr4process.org/
● 日本ホワイトヘッド・プロセス学会
http://whitehead-japan.com/
● International Process Network
http://organicism.org/processnetwork/